HPLCの上手な使い方
Ⅱ章-2 HPLCで使用される溶媒
HPLCの溶離液として単一溶媒を用いることは少なく、ほとんどの場合は2種類以上の溶媒を混合して使用しますが、市販されている全ての溶媒がHPLCで使用できるわけではなく、いくつかの条件に適合していなくてはなりません。それらの条件を考慮せずに溶媒を選択すると、満足のいく分析結果が得られないだけでなく、カラムの劣化や、場合によっては大きな事故につながる可能性があります。下表に、HPLCに適した溶媒の条件をまとめてありますので、溶離液選択の際の参考にしてください。
溶離液に適した溶媒選択の基準
- サンプルを適度に溶解し、かつサンプルとの反応性がない
- 他の使用溶媒との混和性がある
- 粘度が低く、カラムによけいな負荷がかからない
- UV検出器を用いた場合、サンプルの検出波長においてUV吸収が無い
- RI検出器を用いた場合、溶媒の屈折率とサンプルの屈折率の差が大きい
- 沸点と分析温度との間に充分な温度差があり、気泡が発生しにくい
- 引火性や爆発性が弱い
- 人体に対する毒性が低い
- 安価で簡単に入手できる
下記表中の項目のうち、溶媒間の混和性・粘度・UV特性について次項以降に詳しく説明します。
HPLCで使用される主な溶媒の物理化学的性質と混和性
溶離液としてお互いに混和する溶媒を使用することはもちろんですが、できるだけ粘度が低くて沸点が高く、かつサンプルの検出を妨害しない溶媒を選択するようにしてください。
水と有機溶媒の混合比による圧力変化
HPLCの溶離液として粘度の高い溶媒を使用すると、分析時の圧力が高くなるためカラムの劣化を早めてしまうことになります。したがって、前頁の表中に示した粘度の数値が高いプロパノールやジメチルスホキシドなどを溶離液溶媒として使用する場合には、充分な注意が必要となります。また水と有機溶媒とを混合する際、その混合比によって極端に粘度(=圧力)が増減する場合もあります。たとえば下図に示したメタノールにおいては、水が100%の時の圧力に比べて約1.8倍もの圧力変動を示す場合があります。
カラム寿命を考慮した場合、比較的高い圧力を示す組成でのメタノールの使用はできるだけ避け、同程度のよう溶出力を有する他の溶媒に換えることをお薦めします。ただし、サンプルによっては溶出パターンに影響が現れる場合がありますので注意してください。
HPLCで使用する有機溶媒の紫外吸収特性
UV検出器や蛍光検出器を用いる場合の注意点として、使用する溶媒によって測定可能な波長範囲が異なるという点が上げられます。この傾向を充分理解しておかないと、使用した溶媒自身の吸収によってベースラインがドリフトし、サンプルのピークが検出できないこともあります。上図に、HPLCで使用される主な有機溶媒の紫外吸収特性を示してありますが、例えばUV検出の際に最も一般的に用いられている波長である254nmにおいては、ベンゼンやトルエンは透過率がほとんどないのでもちろん使用できませんが、THFでさえも透過率が乏しいため高感度分析には使用できないことがおわかりいただけると思います。
溶媒のグレードについて1
一般に有機溶媒は、1級、特級、HPLC用、蛍光分析用などさまざまなグレードのものが市販されており、それぞれ含有不純物の量や、安定剤などの添加物の有無によってランクづけされています。この不純物や添加剤には紫外吸収を持つものが多いため、前頁に記した溶媒自身の紫外特性以外にもこれらの吸収を考慮した溶媒選択(グレード選択)が必要となります。以下に、HPLCでよく使用される3種類の溶媒について、グレード別の紫外吸収曲線を示します。
それぞれグレードの異なるメタノール3種類の紫外吸収曲線を示します。メタノールに関しては、どのグレードの溶媒でもほとんど差がないことがわかります。
同様にアセトニトリルの紫外吸収曲線を示します。メタノールの場合と異なり、特級や1級のアセトニトリルでは低波長側に大きな吸収が現れることがわかります。したがって、これらの波長域での使用はかなり限定されてしまいます。
THFに関してもアセトニトリル同様、低波長側に大きな吸収が見られますが、それ以外に260~290nmに特異的な吸収が現れています。この吸収帯は、酸化防止剤として添加されている BHT(3,5-Di-tert-butyl p-hydroxytoluene)によるものであり、この付近の波長で分析を行う場合はHPLC用THFの使用をお薦めします。
溶媒のグレードについて 2
前頁では、溶媒のグレードの差を紫外吸収波長の違いで説明しましたが、ここでは低波長側でしか検出できない脂肪酸のメチルエステル類をグラジエント溶出し、実際の分析に現れる不純物の影響を確認しました。以下に、HPLC用および特級のアセトニトリルを用いた場合のクロマトグラムを示します。これより、HPLC用の場合はベースライン変動がほとんどなく、非常にきれいなクロマトが得られていますが、特級の場合にはベースラインが徐々にドリフトし、最終的にはサンプルのピークが完全にスケールアウトしてしまっていることがわかります。
HPLC用アセトニトリル
Column | :Inertsil ODS-2 5µm |
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Eluent | :A.CH3CN/H2O=40/60 |
B.CH3CN A.100%→B.100%(20min) |
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Flow rate | :1.0mL/min |
Detector | :UV220nm |
Col.Temp. | :40℃ |
特級アセトニトリル
Sample | :1.Methyl Butyrate |
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2.Methyl Valerate 3.Methyl Caproate 4.Methyl Enanthate 5.Methyl Caprylate 6.Methyl Caprate 7.Methyl Laurate |
アセトニトリルやTHFは、HPLCでは頻繁に用いられている溶媒であるため、コストを重視して安価なグレードのものを使用している方が多いようです。しかしながら、低グレードの溶媒を用いたために、目的成分の検出が妨害されたり、得られたクロマトに再現性がなかったりしたのでは安価な溶媒を選択したことが無意味になってしまいます。また、不純物が多いと充填剤の劣化にもつながります。したがって、溶離液溶媒としてはできるかぎりHPLCグレードの使用をお薦めします。
溶媒のグレードについて 3
これまで、溶離液として使用する溶媒はHPLCグレードのものが好ましいと説明してきましたが、HPLC用の溶媒を使っているからといって安心しきっていると、思わぬ落とし穴にはまってしまうこともあります。例えばTHFを例に取ると、1級や特級のTHFには前述したように酸化防止剤としてBHTが添加されているため溶媒自身の劣化はほとんど起こりませんが、HPLC用のTHFはこれを含んでいないため開封後速やかに使用しないと酸化されてしまいます。以下に、開封直後のTHFと開封してから100日経過後のTHFの紫外吸収の違いを示します。
この図より、明らかにTHFが劣化していることが認められるため、長期間にわたっての分析を行う際には酸化防止剤を含むTHFを使用するか、もしくは別の溶媒を選択するようにしてください。
また、GPCでよく用いられるクロロホルムにも、安定剤としてエタノールや2-メチルブテンが含まれている場合がありますので注意してください。
以上説明してきましたように、HPLCの溶媒液として有機溶媒を用いる場合には、溶媒自身の物理化学的性質と温度や検出器などの分析条件を充分考慮し、かつ目的サンプルの検出波長においてできるだけ紫外線透過率の高い溶媒あるいはグレードを選択することをお薦めします。